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明日は、建国記念日です。

2011/02/10
日本の心をつたえる会からのメールを、御紹介させていただきます。

「建国記念日」は、戦後の日本国民が国民の意思と運動でとり戻した大切な記念日です。
吉田茂総理のもと、日本政府の世論調査で復活が望まれた国民の祝日です。

ぜひ、日本国旗を掲揚してお祝いをいたしましょう。


以下、日本の心をつたえる会(日心会)

明日、2月11日は、神武天皇が即位された日です。
「建国記念の日」とされています。
国民の祝日です。

何故2月11日かというと、初代神武天皇が即位されたのが旧暦の皇紀元年一月一日
だからです。
これを新暦に直すと、2月11日になる。

実は、この日は、戦後の一時期、祭日ではなかったのです。

建国記念日のことを、昔は「紀元節」といいました。
「節」というのは、節目のことで、転じて記念日を指す言葉です。

紀元節を祭日にすることは、明治5(1873)に定められました。
学校では、この日の意義を全体朝礼などで校長先生が壇上からお話くださり、生
徒には紅白まんじゅうが配られたりした。
ボクなど、子供の頃、この紅白まんじゅうが、お休みというより、もっと楽しみ
だった(笑)

そしてこの紀元節は、日本の四大節のひとつとされました。
四大節というのは、新年、紀元節、天長節、明治節です。

なかでも我が国の建国の日を祝う紀元節は、我が国の建国の理想である八紘一宇
の精神を国民が再確認する日でもありました。

八紘一宇というのは、天の下が一つの屋根の下にある状態を指します。

神武天皇は建国の詔において、

 八紘を
 おほひて宇と為む(八紘一宇)こと、
 また可からずや

と詠まれました。

口語訳すると、

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
天地四方、八紘にすむすべてのものが、
一つ屋根の下の大家族のように 仲良くくらそうではないか。
なんと、楽しくうれしいことだろうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

となります。
これが、我が国の建国の理想です。

英語では、八紘一宇は、Universal brotherhood(世界同胞主義)と訳されます。

戦前のわが国の外交文書では常に公式に、この用語が使われていました。

日本は、こういう高い理想をもって始まった国なのです。

ところが、この紀元節が、昭和23年4月施行の祝日法で、GHQによって廃止され
られてしまいました。

紀元節を認めると、天皇を中心とする日本人の団結力が高まって、 再び米国の脅
威となる、というのです。

さらにこの3年前には、「神道指令」によって、 日本の学校で古事記や日本書紀
の神話を学校で子どもに教えてはいけないことにさえ、されています。

そしれそれはいまだに続いている。

昭和27年、サンフランシスコ平和条約が発効して、日本の主権が回復しました


このとき、日本国内では、建国記念の日を復活したいという動きが顕著になり、
日本政府は、世論調査を実施します。

そして、なんと、祝日に残したい日は、1位正月、2位天皇誕生日、3位は紀元節と
なった。

当時の吉田茂総理は「(独立に際し)紀元節の復活から手を付けていきたい」と
国会で答弁します。

そして神社の社頭などで署名運動が開始され、紀元節復活運動は、国民的な運動
にまでひろがります。

紀元節の復活は、その後なんども国会にも提出されますが、一部には強い反対勢
力もあり、なかなか容易なことではなかった。

なんと建国記念日は、9回も廃案にされ、ようやく実現したのは、昭和41(1966)
年6月のことです。

建国記念日は、終戦後に奪われた歴史を、日本人が日本人の手で、平和裏に取り
戻した日でもあるのです。
作者百難不屈
ブログ「誇りある日本」
INFO「誇りある日本」を次の世代に伝えていきたい。 そんな思いを綴っていきます。 日記の内容には、賛否両論あるかもしれませんが… ご遠慮なくコメントください。


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